薔薇のしるべ
(再 会)
ジュノーが吠えるのが聞こえた。ガラス戸をせわしく掻いているのがわかる。それは電話かインターホンがなった時の反応だった。
庭仕事の時には、電話の子機もテラスに持ち出すようにしている。誰か来たのかもしれない。
花壇に屈めていた体を起こすと典子は下の門口のほうに注意を向けた。道路は庭を回り階段を降りた先に通っていて、そこからは見えない。誰も上がって来る気配はなかった。
大概の人たちは心得ていて、儀礼的にベルを押すだけで上の玄関まで上がってくる。何かが路面に当たるような硬い音がし、微かに人声が立った。典子は耳をそばだてたが、ぼそぼそとしたやりとりが伝わるだけで、誰彼とわかりようはなかった。
―何かの業者なのかもしれないー 訝(いぶか)りながらしばらく様子を見ていたが、何もなく、やりかけの仕事に戻ろうとした。とその時、はっきりと男の声が聞き取れた。
改まった感じの丁寧な話し方、一方の相手はよく聞こえないものの、女性であるのが知られた。無意識にそろりと足が動いていた。
ボンと車のドアが閉められる音に続いて、エンジンのかかる音が響いた。
―車は誰かを降ろしていったのかしら?―
咄嗟に弾かれるかのように典子は駆け出していた。
草掻きに手袋、すっぽりと襟首までを覆っている、ヤシ編みの園芸帽を、手早くテラスのテーブルに脱ぎ置き、しきりにガラスを掻き騒いでいるジュノーに〟静かに、待て〟のサインを送る。
ジュノーのそれは、はっきりと門口に誰かが残っている事を教えている。これまでその感知力に誤りがあった事は一度もない。
それから次に何をすべきか、典子は一瞬迷った。まだガーデンエプロンをしたままなのに気付いた。せわしくそれをはずし椅子の上に丸める。テラスの周囲を見回しながら、帽子で潰れた髪を両手ですくい上げる。