薔薇のしるべ
(再会)
踏み出そうとした足が泳いだ。視界が揺れ、階段が本当にそこに続いているのか、一瞬不確かになり典子は思わず手摺をつかんだ。下までの残りは僅か数段だったが、途方もない段差に感じた。
苔色のはしるレンガの階段を見つめ、典子は大きく息を吸った。
―そうだわ、無理もないわ、マリがあんな表情を見せるのも、大学の二年で別れてしまってから二十年ぶりになるのだもの。それにこんな所で、こんな格好をしているのだもの。マリが怪しんでも不思議ではないのだ。―
典子はそう思い直し、更に一歩、注意深く足を下ろしていった。
―それに、もう昔の、あの頃のマリではないのだ。あの頃のマリを期待してもいけないのだ。―
典子は、自分に言い聞かせてきた事を心に念じた。聖書の「コリント書」にも言っている、歳月の中で変わらないものがこの地上に在るだろうか、と。マリが全く別人のように見えたとしても、それが摂理なのだ。下に降り切った所で典子はゆっくりと顔を起こした。相手とはまだ数歩離れていた。
「茉莉……さん?」
何秒も詰めた息が音になって洩れたようだった。自分が意識したことではないのに、さん付けで呼んでいた。二人の間の時が、断層のようにズレ落ちるのを見る思いだった。でもそれでいいのだ、とも思つた。昔のマリではないのだから。
「本当に来てくれたのね!」 と典子はしみじみと相手を見、声を潤ませた。