マリの視線は冷たく、迷いの色も見せなかった。
何かを、こんな状態を、変える何かをしなければと思った。
しかし頭の中は混乱するばかりで何も考えつかなかった。胸が激しく打つのが耳朶の奥に響いた。体が揺れる感じがして何かに掴まりたいと思った。まっすぐに立っているのが不安になり、地面に目を凝らした。グレーのハイヒールが映った。爪先が尖るように細い。
ふと目を澄ますと、その足元に幾つもの花弁(はなびら)が散っている。薄いピンクの地に濃い赤の絞りが入っている。キャメロットという平咲きのつる薔薇。その赤をひいた文様は珍しく一枚の花弁になってもそれとわかる。それはずっと上側の柵に這わせていた。
薄い花弁は風に舞ってここまで来たのだった。典子はしばらくそれを見つめ、ゆるゆると顔を起こした。
「もう盛りの過ぎたものもあるけれど……」
典子はどうにか微笑みを向けた。
「見ごろの薔薇もまだ沢山残っているわ。ここからは見えないけれど、上に庭があるの」と典子は言い、茉莉の表情を覗うように続けた。
「見に来てくれたのね、こんな遠くまで」、声が上ずっていた。
典子の懸命な呼びかけにも茉莉は凝然と、眉ひとつ動かさなかった。
ー二人を隔てていた歳月の間に、何かが起きて、私の知らないマリに変わってしまったのだろうか?
―過去を喪失した酷薄な人間に。
【前回の記事を読む】庭仕事をしていると誰かが訪れた気配がして見に行くとそこにいたのは…