身体各部《事業所》からの情報は、平常時はそのほとんどが意識されません。内臓や血管の感覚は自律神経系を担当する脳幹や視床下部などの《総務部》には届いていますが、そのことを心《社長》は気づきません。つまり「無意識」に処理されています。

この「無意識の神経システム」は極めて精緻に機能しており、私たちの体の恒常性を維持しています。無意識の神経システムは感覚系と運動系をも支配しています。運動器に関しても「左膝の関節が45度まで曲がったので、右膝関節を45度ぐらい伸ばさねば」なんてことを意識しなくても自動的に歩くことができます。

無意識の神経システムは極めて高機能7であり、おかげで心《社長》は仕事のことを考えながら自動車を運転することも、スマホを見ながら歩くこともできるわけです(褒められたことではありませんが)。私たちが何となく「見たありのままを知覚している」と信じている視覚もまた、無意識の感覚処理システムがさまざまな処理を行って、心《社長》が知覚しているのです8(1)


1 ただし、見聞きした事物の「価値、意義、評価」などの判断は主観的である。

2 痛みにはさまざまな種類があるが、「針でつつく」など実験的につくられる皮膚の痛みは、共有可能であり客観的である。

3 男性の産科医は陣痛を想像することはできても限界はある。病気の苦しみは、結局その病気にかかった医者にしか、本当のところは理解できないかもしれない。

4 現実の大会社の場合も、社長は自分の会社について知らないことばかりであろう。

5 肝臓、腎臓の専門医でも自分自身の臓器を知覚することはできない。

6 「固有」とは「自分自身の姿」、という意味。

7 物を見る=視覚は、完全に意識された感覚と考えがちだが、視覚においてもさまざまな無意識になされた処理が行われている。「錯視」などの幻想は私たちの心が「見えている」と思っているものが、実は脳で「合理的に」処理されたものであることを示している。

視覚については、見えないものが見えているような行動につながる「盲視」などの興味深い現象が深く研究されている。

8 「錯視」「色恒常性」「立体感」「盲点の消失」「サッカード現象」などの視覚事象が脳で処理された結果であることが、多くの実験や臨床症例から明らかになっている。興味のある方は視覚の神経科学書をお読みいただきたい。

【参考文献】

(1)日本バーチャルリアリティ学会 VR心理学研究委員会『だまされる脳 バーチャルリアリティと知覚心理学入門』講談社、2006年

次回更新は8月6日(水)、8時の予定です。

 

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