第一章 青天霹靂 あと377日

二〇一五年

十一月二十六日(木)放射線治療科、木戸医師の説明

無論、母自身の意志を尊重する事は大事であるけれど、やはり子の立場としては諦められるものではない。いつか親はいなくなるものと知ってはいても、まだ心の準備をするには早すぎる。

ともあれ、一昨日と同じ轍(てつ)を踏まぬよう、今日の面談は母の同席を避けた。「放射線をやるにしてもやらないにしても、これをご本人に全て決断させるのはやはり難しい問題だと思います……」患者本人の意思を尊重するという言葉が、医者としての責任転嫁の意味をも含んでいる事を木戸医師はしっかりと自覚している。

「放射線をやるにあたり、まず目標を設定しなければなりません。無論、最善の目標は治すことなんです……。が、これは現実的に無理なので、第二選択を考えなければいけません。

実は脳腫瘍って治らないものなんです。現代の放射線治療というものは未だ開発途上なので、今の治療法では治せないというのが正しい認識だと言わざるをえません。ですから、出来るだけ小さくするというのが目標になります。

問題は、どこまで小さく出来るかという事と、その代償としての副作用がどうなるかというバランスです。ここで言う放射線とは、原爆や原発の比ではなく、その何万倍という被曝量になります。

ですから、それをもし、ピンポイントではなく全身にあびれば、人は一週間以内に死にます。それだけ強力な放射線を使うという事は脳の破壊を意味します。

つまり、これはまともな治療とは言い難く、多くの場合、本人やご家族が期待するような長生きにはなりません。はっきり言って、薬か毒かと言えば毒の方が遥かに強いと言えるわけで、良かれと思ってやったつもりが、むしろ裏目に出てしまうという事も多いんです。

特に今回のように、脳の深い所にあると犠牲も大きくなりますから。それでも、石にくらいついてやる人もいますけど、延びたはずの寿命が辛いだけだった、植物人間のように寝たきりの期間が長くなっただけという可哀想な結果も沢山見ています。