三 釈迦の宇宙観に魅了されて

私の生家は愛媛県今治市にある。近くに四国八十八ヶ所霊場の五十九番札所である国分寺があり、春になると巡礼のお遍路さまが鈴を鳴らしながら大勢通っていた。子供の頃は兄弟三人が祖母に連れられて、米二斗分を乳母車に積んで巡礼道のそばにある蓮華(れんげ)田に行ったものだった。

そこにムシロを敷き、朝から巡礼のお遍路さまにお米のお接待をしつつ弘法大師さまのお話を聞いたり、昼にはおにぎり弁当を開いて夕暮れ近くまでお接待するのがわが家の年中行事だった。

弘法大師(空海)は同じ四国の善通寺生まれで、子供の時から親しみがあり、色々な逸話を聞かされていた。大人になってわかったことだが、空海は『般若心経秘鍵(はんにやしんぎようひけん)』を著(あらわ)して、「真言は不思議なり観誦(かんじゆ)すれば、無明(むみよう)を除く」と述べられたのである。

父も長年にわたって菩提寺の檀家(だんかい)総代や神社の氏子総代を務めており、わが家は歴代、信心深い家であった。

そのため、子供の頃からお釈迦様の話などはよく聞かされていた。そうした刷り込みがあったからかもしれないが、大人になってから「般若心経」の経典への関心が強まり、各種の解説本を読んでいる内に全ての苦しみの原因は「無明」(仏教用語で「無知」を意味する)であることに思い至った。

あらゆる苦しみを解消する方法もわかり、生きていることの素晴らしさや最高の人生が生きられる方法もわかってきた。このことをぜひ本書で読者に納得できるように伝えたいと思い、筆を執った。

それにしても二千五百年前に釈迦が探究された宇宙観に対する洞察には、私たちの想像を絶するものがある。釈迦の智慧(ちえ)の奥深さに関しては第五章で説明しているが、わかりやすくするために釈迦の考えと異なる部分がある「般若心経」の説明を行うことにした。

弘法大師が中国から持ち帰って現在世に普及している大乗仏教の「般若心経」は作者不明であって、釈迦が説いた肝心要の部分に相違点がある。さらに、従来の解説書ではどうも釈然としなかった「空」の思想についても、般若心経のそれと、釈迦が根本的に論じていたものとを対比させながら考察した。

そして、人間にはもともと、幸せに生きるためのプログラムが備わっているということを明らかにした。本書を通じて、人間の「生きる目的」の根本に何があるのかを、読者の皆様にも考えてもらいたいと願っている。

 

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