【前回の記事を読む】「明晩もまた、いらしてくださるか?」夜毎の笛を心待ちになさる姫とは、心の符号さえ感じる。しかし何ぞ忍び泣くことのあろう…

指切り宗佐 愛恋譚

四 眼差し

ただ一つの彼の心懸かりは、笛を吹き重ね、親しく語り合えば合うほどに繁くなって行く姫の忍び泣きでした。自分にとってはこれほど心楽しい時はないと思われるのに、また姫の語りぶりからもみずみずしい喜びの気持ちが伝わってくるように思われるのに、なぜ姫が泣くのか、宗佐には得心が行かなかったのです。

「姫様は何ゆえお嘆きになるのですか? よほど悲しいことでもおありなのですか?」二つ目の調べを吹き終えた後、こらえきれずに宗佐が問いかけました。

「悲しいことなれば、誰(たれ)にも多少はありましょう」姫は涙声で答えをはぐらかせるばかりです。

「それはそうかも知れませぬが……しかし姫様がお嘆きになると、なぜか私まで心が痛むのです。不遜とは知りながら、姫様のお悲しみを、幾分かでもお分けいただけぬものかなどと、思ってしまうのです」素朴に訴えるような口調で告げたその言葉は、自らそれと覚らぬままに行われた、宗佐の姫への愛の告白でした。

「宗佐……」呟くような声に続いた沈黙の中で宗佐は、自分の顔にまじまじと注がれる姫の眼差しを感じるように思いました。

「旅の途上と先にお伺いいたしましたが、姫様はいつの日かこちらをお発ちになるのですか?」

「どうかそれは訊いてくれるな、今のわたくしに答えることはできぬのじゃ」姫は切なげに言うばかりです。そんな姫の様子が、宗佐にはいかにもいじらしく、哀れに思われるのでした。おのれのあらゆる力を尽くして、このはかなげな方を大切にお守り申し上げたいという思いが、宗佐の心のうちに力強く湧き上がり始めていました。