【前回の記事を読む】四日目の晩、惹かれ合う二人はついに――「明晩もきっと参ると約束してくれるか?」「何があろうと、必ず参ります」

指切り宗佐 愛恋譚

六 慟哭

翌日の午前、宗佐は恒龍寺の四代目の住持である拓善和尚から、隠寮に呼ばれました。この時拓善は齢五十七。中背で筋肉質の引き締まった体躯。長年の雲水修行による日焼けが染み着いたような浅黒い肌。額や目元に深い皺を刻みながらも、鋭く澄んだその眼光にはいまだ壮年の精気がみなぎっていました。

外は朝からの小雨が降り続け、薄緑色の植え込みの中に点々と咲く赤白のツツジが、一際鮮やかに映えています。拓善は出された茶を一口飲んだ後、書院の火灯窓越しに庭の景色を眺めやりながら、あえて何気ない風情で宗佐に尋ねました。

「宗佐よ、近頃のお前には、普段と違う様子が見えるように思うが、覚えはないか?」

「はて、何のことやら、思い当たる節もございませんが……」近頃の寝足りぬ様子でも見抜かれたかと訝りながら、宗佐は素知らぬ顔で答えました。

「覚えはないと申すか? それでは問うが、この数日来、夜半方お前は住まいを留守にしてはおらなんだか?」

「は……いえ……」後ろめたいところを突かれると宗佐は狼狽し、言葉に詰まりました。屋敷への来訪を誰にも告げてはならぬという侍者の言い付けが頭にあったのです。

「何もしておらぬと、申すか?」拓善は当惑を隠せない宗佐の顔に鋭い眼光を注ぎ、畳みかけるように問いました。

「……いえ、その……少し出かけておりました……」

「いずこに?」

「……さるお屋敷でございます」元来嘘のつけない性分の宗佐は、もはや言い逃れができないことを覚ると、口ごもりながら答えました。

「屋敷と、申すか?」不審げに首をかしげ、宗佐の顔を凝視しながら、拓善が尋ねました。

「はい……」

「まことにお前は、おのれが屋敷におったと思っておるのか?」念を押すように、拓善が質しました。

「はい。確かにこの数日来、私はある大きなお屋敷に呼ばれておりました」問われていることの意味が分からぬまま、宗佐が答えました。

「そこで誰と会っておった?」

「……さる姫君です」宗佐は顔を伏せ、ためらいながら答えました。

「その姓は、花島と言われなかったか?」

「なぜ和尚様がご存じで……?」宗佐はひとりでに顔が蒼ざめて行くのを覚えながら、尋ねました。