「良いか宗佐、驚かずに聞け。お前がおったのは屋敷ではなく、その花島の姫君の墓の前じゃ」宗佐の顔に厳しい眼光を注ぎながら、拓善はきっぱりと言い放ちました。宗佐は巨大な鉄槌で脳天を殴られたような衝撃を受け、しばらくの間言葉を返すことができませんでした。呆然とする宗佐に、拓善は事の次第を語りました。

「……三日前の夜更け頃、いつになく遅くなった法事から戻り、供の俊開とともに山門を潜り抜けると、裏の墓場の方から笛の音が朗々と響いてくる。聴けばまさしくお前の笛である。あれほどの笛を吹く者は、近在にはおらぬからな。

なぜあのようなところで、あのような勢いで笛を吹いているのか不審に思ったから、我々は笛の音の響いてくる方角を探りたどった。そのあげく我々が見たのは、墓場の片隅に建つ小さな墓の前に座り、ただならぬ勢いで笛を吹き、その合間に一人語りをしているお前の姿であった。

墓の背後には小さな鬼火が三つ四つ控えるように揺れ漂い、その中でも取り分け大きな美しい鬼火が、青白い光を明滅させながら、まるで絡み付くかのようにお前の周りを嬉々として飛び巡っておった。

次の晩お前の住まいを見張っていると果たして、小さな鬼火がお前のもとを訪れ、墓場の方へと導いて行く。お前はやはり前の晩と同じように大きな美しい鬼火を身の周りに飛び巡らせながら、一心に笛を奏で、その合間に一人楽しげに語っておった」

「嘘だ、嘘でございます!」宗佐は思わず叫びました。それから敬愛する師にはしたない言葉を使ってしまったことに気付いて、小さく頭を下げました。

「宗佐よ、心苦しいが、告げねばならぬ。お前は今、亡霊に取り憑かれておる」

「亡霊……姫様が?」拓善の言を受け止めることができない宗佐は、空(うつ)けのような表情で独り言を言いました。

「あの墓の由来は先代から聞いているが、まことに気の毒な姫君であった……」拓善は沈痛な表情で、先代の春岳和尚から伝え聞いていたその墓の由来を語りました。

 

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