【前回の記事を読む】高貴な姫君の屋敷に通っていたはずの宗佐…しかし和尚が見たのは、鬼火に囲まれ、墓前で笛を奏でる異様な姿だった

指切り宗佐 愛恋譚

六 慟哭

「……花島家は代々武田家に仕える信濃の有力な武将の一つであったが、天正の甲州征伐で武田軍が織田の軍勢に攻められた際、一家もろとも滅ぼされることが避け難い情勢に陥った。

せめて齢十八を迎えたばかりの沙代里姫の命だけでも救えればと、父親の花島親房は敵方が屋敷に攻め入って来る間際に、遠縁にあたる下総の槻木(つきのき)家のもとに姫君を逃れさせようと試みた。

薬売りに身をやつしての逃避行で、幾多の困難を切り抜けながら、一行はようやく下総まであと二日ばかりというこの武蔵の国までたどり着くことができた。しかしこの寺から一里ばかり隔たったところにある梟森(ふくろうもり)と呼ばれる大きな森の中にさしかかったところで、不運にも一行は野盗の群れに襲われてしまった。

脇差を忍ばせた二人の侍を伴ってはいたものの、いかんせん多勢に無勢ではかなうはずもなく、侍は二人とも矢に撃たれ、残った姫一行は残忍な笑みを浮かべながらじりじりと迫る野盗どもに取り囲まれてしまった。

もはやこれまでと覚った姫君は、誇り高き武将の家名を汚すまいと、野盗どもの手にかかる寸前に隠し持っていた懐刀でおのが首を掻き切り、その場で自害なされた。無残にも一行の亡骸は野盗どもによって金品を奪われたあげく、森蔭に打ち捨てられた。

先代がこの経緯を知りえたのは、野盗の襲撃から辛うじて逃れ得た、ただ一人の従者が寺に駆け込んで事の仔細を語ったからである。すでに信濃の花島の家は一族もろとも敵の軍勢に討ち滅ぼされていたから、一行の亡骸は引き取り手もなく、荼毘に付されるしかなかったが、そこで先代が菩提心を起こされて一行の霊を弔うことにした。

しかし相応の格式で弔おうにも、あわただしく落ち着かない時勢のことで寺もまだ貧しく、また他にも死者の数はおびただしく、近在の山で手に入れることのできた三尺ばかりの大石を墓の代わりに据え、野の花を手向け、一通りの経を上げるだけでも手一杯だったという。……それがこの数日来お前がその前で笛を吹き、一人語りをしていた、あの墓じゃ」

宗佐は蒼白な顔で膝元の拳を硬く握り締め、肩をわなわなと震わせながら、拓善の語りに聴き入っています。