入城すると美しい妻がかしずき、召使いと仕事上の部下がかしこまっていた。浜辺の老人は俗世を否んだと受け取ったが、スズキ青年の無意識では豊潤な人生を求めていたのである。

食事の前に仕事をかたづけなければならなかった。豪邸の会議室で、いかにもできそうな若者がプレゼンテーションの準備を終え、幹部連はスズキ青年の指示を待った。

司会の管理職が「箱船の経済成長は著しく、市民は退蔵を否んで労働者は厳しく利益を追求します。新しい商品は次々生まれ、消費の場は休まる気配がありません。みな健全な精神が健全な身体に宿ることを古代よりの神々にお祈りをし、腹八分で未来の事件に備えます。

この右肩上がりの時代がどれだけ続くものなのか、参考程度に尺度となるお言葉を頂戴したく存じ上げます」と丁重な口調で言った。

スズキ青年は決断する口調で言った。

「神々はいったん飛翔するとなるとどこまでも天を飛翔され限界を知らず、光を遙かに超えるすばらしい速度で宇宙の果てへたどり着き、とって返してお戻りになる。

その距離は渦状星雲の端から端までであるが、乙女が恋心を変節する程の時間である。人の尺度で神々は測れないが、神々にも帰還される場所は必要なように、箱船経済にも落ち着く時が来るだろう。

僕は神々の手段であるが、箱船のために見当をつける。昨晩の嵐は去って箱船を取り巻く波は穏やかだが今後北風が強まる見込みだ。充分用心して取りかかろう。これを本日のオリーブの葉とする」

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