「ここは君がきていい場所ではないぞ。神海(わたつみ)の気まぐれに戯れ込んで、増長している場合ではない。元の道に戻りなさい」

「道は失われて僕は行き詰まりました。後生ですから、この先への道をご指導ください」

「否。帰れ」

「僕は、あの社会では手頃な棒きれのようで、相手をひっぱたくにも良いし、使い終わったら薪にして燃やしても良いようなお手軽な手段です。

しかしもう、目的のない生活にいったんは終止符を打ち、考え直すようなことがあっても良いのではないかと考えています」

「断じて否。帰れ!」

「すでに帰り道はありません。箱船の来し方は忘れられ、これからの舵取りは生み出されず、海路は断たれてキングストン・バルブは失われました」

しばしの沈黙の後、老人は厳しい取り繕いを解いて、「俗世の営みに無為を悟ったのだな。それでは脱出口を示そう。門をくぐって入るが良い」と告げた。

入門すると霧は一度に晴れ、岬の断崖の下にいることが理解された。

「庵の脇を通ると、岬を登る階段がある。その先に停留所があるから、そのバスで帰りなさい。その後の人生は、君の志にかなうようお祈りをする」

九十九折りの階段をしばらく登り、岬の上へたどり着くとその先に老人の言葉通りバス停留所があった。巡回バスに揺られて、自宅へ戻った。すると、自分の鼠穴の如きアパートメントが、重厚な門構えに囲まれた豪邸となっていた。