【前回の記事を読む】医師に「異常なし」と告げられ、鍼も整体も効かない──原因は何なのか? 腰痛になったら、皆さんはどうしますか?
プロローグ
残念ながら、こうした行動にはいずれも「腰痛ジャングルの落とし穴」に陥る可能性があります。その〝落とし穴〟とは「痛みの原因と治療方法の不一致による失敗」です。このことを理解していただくために、私は本書を書きました。
皆さんは「疼痛学」という学問があるのをご存じでしょうか? これは痛みを専門的に研究する医学の分野で、動物実験などの基礎研究と痛みをもつ患者さんに関する臨床研究から成り立っています1。以下、本書では痛みの基礎研究を特に〝疼痛科学〟と呼ぶことにします。
まず、疼痛科学の研究により明らかにされてきた「痛みのしくみ」について最初に解説し、続いては「痛みのしくみ」に基づいて「運動器の痛み」「腰痛という病気」「腰痛の治療」について説明します。最後に、世に多い「腰痛の治療者」に関する私の見方をご紹介します。
本書は「間違いだらけの腰痛治療」を批判するものではなく、「すばらしい腰痛治療」を推奨するものでもありません。「お手軽な自己診断法」や「自分でできる簡単な治療」も紹介しません。薬と運動療法についても具体的な解説は何も示していません。
そうした「腰痛ジャングル」に迷わないため、立ち入る前に一読してほしい〝ガイドブック〟――それこそが本書の目指す、ささやかなゴールです。
図版
体組織にある侵害受容器の構造。図は3種類(化学、温度、機械)の受容体をもつポリモーダル受容器を示している。
細胞膜に存在する侵害受容体はイオンチャネル(灰色)であり、刺激を受けると中心の孔(チャネル)が開き、細胞外の陽イオン(ナトリウムイオン、+)が細胞内に流入することにより活動電位が生じる。
活動電位は隣接する電位依存型ナトリウムチャネル(白色)を次々に開いていき、一次求心性線維を活動電位が伝播していく。この現象が神経伝導である。
体組織が損傷された場合には炎症が生じる。損傷された体組織細胞、運ばれてきた炎症性細胞、そして侵害受容器それ自体からも炎症物質や炎症メディエーターなどの化学物質が放出される。
これらの化学物質は細胞膜にある化学受容体(イオンチャネルではない)がとらえ受容器内部で一連の反応を起こし、活動電位が発生しやすい状態に変える。これを感作(末梢性感作)という。