いまどき珍しくはない。ストーカーまがいのことをやってのける人間はごまんといる。テレビでもそういうニュースは日々流れている。しかし、現実にあずみの周りでそのような事件を目の当たりにしたことはない。ましてや、自分が被害に遭ったりしたことはないので実感が湧かなかった。
「お兄ちゃんをつけまわしていたストーカー女。秘書課の上原花音って女……」
先ほどからの口調から察すると、明らかに真琴はその女性に敵意を抱いているらしい。
「待って。じゃあ、その女性とお兄さんとの関係は分かったわ。お兄さんがつきまとわれていたってことは、ふたりは恋人同士とかそういう関係じゃなかったってことよね?」
あずみは改めて質問した。
「それが……そんなに単純でもないのよ」
真琴が言いにくそうに続けた。
「そんなに単純でないって、どういう……?」
「お兄ちゃんとその上原花音って女、一応つきあってはいたのよ」
真琴が苦々しい表情で言い放った。
「ということは……今回のけがは、単なる恋人同士の揉め事だったってこと?」
ストーカーなら犯罪だが、ふたりが恋人同士だったのなら少し話は違ってくる。それでも、刃物まで出てきたのだから十分事件なのだが……。
「いや、ごめん。順を追って話すね」
そう言って真琴は、自らを落ち着かせるために一呼吸おいて話し始めた。
真琴の兄、櫻井隼人は独身である。大企業の跡取り息子で後継者として約束されていたのもあって、もちろんもてる。ルックスもまあまあ。
妹の目から見ても隼人には言い寄ってくる女性が何人もいた。だが、隼人にはすでに恋人がいたのである。会社の企画総務課の広田千尋という女性だ。それが今真琴と一緒にあずみを訪ねてきている女性だった。ふたりの仲は、社内での揉め事を避けるため、誰にも内緒にしていたらしい。
そんな中、先ほどの秘書課の女性の登場だ。もともとサクライホールディングスでは、父親の代から優秀な秘書が何人かいた。男性もいたが、その中でひとり女性秘書もいた。
彼女の名前は笹野ゆり。秘書としては有能だったのだが、彼女は先代の社長と一時つきあっていたことがある。彼女にとっては、その息子の代になってまで秘書を続けることはできないと思ったのだろう。けじめとして先代の社長の事件が解決したあと、会社を辞めて実家に戻ってしまった。
そこで新たに女性秘書を募集した。今は社長代行としてだが、近いうち社長に就任する隼人の秘書ということになる。海外出張が多い社長としては、特に語学に堪能な秘書を望んでいた。前秘書の笹野ゆりも帰国子女であった。そして新たに募集した中で、やはり帰国子女で語学が堪能な上原花音が採用されたのだ。
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