【前回の記事を読む】母親に内緒の傷害事件、これは一大事だ……。 家に戻ると真琴が車で訪ねて来ていた。隣には広田と名乗る小柄で綺麗な女性が――
1 ある事件
「朝もお兄さんのことで大変だって言っていたよね?」
あずみはうなずいた。
「うん……。それが……ついさっき、お兄ちゃんが病院に運ばれたの」
「病院に?」
もっと驚かないと不自然だったかな、と思いながらもあずみは尋ねた。
「それは……病気か何かで……?」
「いや。それが……カッターの刃が当たってけがをしたのよ……」
病院では刃物を振り回した、と言っていた。あれはカッターだったのか。
「それは、大変じゃない。仕事中のけがだったの?」
カッターであれば、仕事で使うものという解釈もできる。
真琴はしばらく黙っていたが、首を振ってこう答えた。
「いや……。カッターを振り回して自殺するっていう女性がいたのよ」
自殺!?
思わぬ展開だった。
「自殺……って、あの、会社の……女性が?」
「うん。うちの会社の社員。秘書課の女性」
秘書課の女性が自殺騒ぎ。スキャンダルにならないわけはない。
「お兄ちゃんはそれを止めようとしたのよ」
ああ、それでけがを……。あずみは納得がいった。
「それで、その自殺しようとした女性は大丈夫だったの?」
あずみは恐る恐る聞いた。
「……大丈夫に決まっているわ」
真琴の口調が少し変わった。
「けががたいしたことなくてよかったじゃない」
あずみはなだめるように言った。
「でも、あの女はそのことも計算済みなのよ。刃物を振り回してお兄ちゃんの気を引こうとしただけ。実際、自分がけがをしないように注意して、かすり傷程度で済んでいるんだから……」
真琴の口調が明らかに攻撃的になる。
「じゃあ……」
あずみは続ける。
「その女性とお兄さんの関係は?」
何となく憚(はばか)られる質問だったが、聞かないわけにはいかない。男女間の揉め事というからには見当はつきそうだが……。
真琴は躊躇していた。しばらく重苦しい沈黙があった。
「以前から……隼人さんにつきまとっていた女性なんです」
そのとき、はじめて広田千尋が横から発言をした。ここで自分の言葉で伝えておかなければといった強い意思のようなものを感じた。
「というと……?」
「つまりはストーカーってことよ」
真琴はずばり核心を突いてきた。
「ストーカー……」