1 ある事件
満開の桜が眩しい春。大学は新入生を迎え、あずみは二年生に進級した。留年も、落第もなんとか免れて。
一か月近い春休みを終え、今日は新学年最初の登校日。あずみは看護学部に続く大学構内のメインストリートを意気揚々と歩いていた。
「あずみ! 大変なのよぉ」
同級生、櫻井真琴のいきなりの襲撃。
事件はいつも、彼女の「タイヘン」の一言から始まる―。
「あ、おはよう。真琴」
あずみは突然呼びかけられて挨拶を返す。花見気分もふっ飛んだ。
「ねぇ、あずみ聞いて!」
真琴はさっそく、本題に入ろうとする。
「あのね。うちのお兄ちゃんが大変なのよ!」
また何か問題が発生したらしい。とりあえず、気を取り直して、
「お兄さんがどうかしたの?」
努めて冷静に聞いた。
「本当はさ、すぐにでも話したいんだけど、今日は朝から説明会だし、あの、昼休みにでも話せる? 話せるよね? 学食で席、取っておくから!」
真琴はそれだけ言い残して、看護学部の建物目掛けて走っていった。
まるで嵐のようだった。
真琴は相変わらず全力疾走だわ……。
そう苦笑いしつつも、あずみは真琴が決して嫌いではなかった。むしろ羨ましい。ただ、少し思い込みが激しいところがあるので、あずみとしてはたまにびっくりさせられることがある。
えっ? あり得ないでしょ? と突っ込みたいところも多々あるが、これがあとで考えると、案外、的を射ていたりする。だから末恐ろしいお嬢様は、その人生において迷いはない。