1 ある事件

同日、昼休み。

あずみは待ち合わせの学食へ向かった。

学食に入ると、真琴がいつも場所を取っているガラス張りの中庭に面した席に目を向ける。真琴はまだ来ていなかった。

あれだけ意気込んでいたのに、どうしたのだろう

今朝の真琴の様子からすると、あずみを待ち構えて今にも本題に入りそうな勢いだった。あずみは少し拍子抜けした。午前中の説明会は、看護学部の学生全員が対象なので、確かに講堂の端の席に真琴の姿を見た気がする。

でも携帯を見ても、何も連絡は入っていない。

結局、昼休み後もしばらく学食で待ってみたが、とうとう真琴は現れなかった。

その日の午後は、大学は休講だった。

進級した初日から講義を入れたところで、学生たちは春の陽気に誘われて講義など身に入らない。それなら、半日、自由な時間を与えてあげようというところか。いずれにしても、一年生のときと比べて二年生になると少しは学生たちに自由な時間ができる。

選択するコースによっては、アルバイトに精を出して社会勉強をすることのほうがメインになってしまう学生もいる。必要最低限の単位で卒業して、特別コースを専攻しなければ、とりあえず大学の附属病院のどこかの部署には入れるだろうと見込んでいる者だ。

しかし、世間はそれほど甘くない。いくら附属の病院で、多少エスカレーターコース並みに就職しやすいといっても、一定の成績の者しか推薦してもらえないのだ。あずみは附属病院だからといって、悠長に構えていられないのを自覚していた。

その日の午後は附属病院に用事があって行くことになっていた。

あずみの通う看護学部には、長期の休みに入ると、大学の附属病院で仕事をする「病院バイト」なるものを学生たちに斡旋するシステムがあった。

これまでの長期休暇のときには、あずみはいつもその「病院バイト」に応募して運よくバイトの常連となっていた。「運よく」とは言ったが、いわゆるそれは病院バイトが学生たちに人気のあるバイトだからではない。

常連になっても「運よく」脱落することなく続けていられるという意味からだ。色々な理由で過酷なバイトだった。

その「病院バイト」にあずみはこの春休みも応募し、昨日まで眼科で働いていた。冬休みにも応募して眼科でお世話になったのだが、この春も幸運にも同じ科で働くことになったのだ。