【前回の記事を読む】「30か……」転職のタイムリミットを考える。けれど心地よくぬるい温泉のなかにいつまでもたゆたっていたい…

訳アリな私でも、愛してくれますか

昨日、少し好きな先輩と話した。だから、恋愛スイッチを押されてあの夢を見たのかもしれない。だとしたら、あれは警告だったのかもしれない。簡単に人を信じるな、恋をするなという、警告。

「……もう、あの件は忘れなさい。そんな男、ろくでもないやつなんだから。そんな人にあんたの人生、振り回される必要ないの」

「……うん」

「私ね、あんたには本当に幸せになってほしいのよ」

「……ありがとう」

お酒は入っているが、それは千春の心からの言葉だとわかる。千春はくるみの胸の手術に、忙しい母の代わりに付き添ってくれた。当時のくるみの痛みを、間近で見てきた。2人の絆は、ある意味そこに深く根ざしていると言っても過言ではなかった。

「もしあんたがまた、そのことで傷つきそうになったらすぐにお姉ちゃんを呼びなさい。私が出ていって、成敗してあげる」

「成敗って……時代劇じゃあるまいし。そういうお姉ちゃんこそ、どうなの? そういう恋愛の話ももうないの?」

「あるわけないでしょう。独身の38歳よ? もう仕事を頑張って生きていくって決めたの」

千春は証券会社の中でもオンライン証券のマーケティング部門で働いている。よくセミナーだとか、新しいプロジェクトがどうだとかいって、国内を飛び回っていた。確か肩書は部門長。

くるみはなんだかんだ言って、仕事を頑張っている姉を誇りに思っている。くるみが手術をした中学生の頃、千春はちょうど新卒で、病院に付き添うために早退をしたり休んだりしてくれていたから、もしかしたら希望の進路にいけなかったのは私のせいかも、とくるみは内心思うこともあった。

しかし今では自分の適性が発揮される仕事を思う存分楽しんでいるらしいところを見て、少し安心する気持ちもある。

「もううちのお母さんだって、私に結婚しろとか言わなくなったし」

「それはお姉ちゃんがお母さんに『私は結婚しないから』って啖呵切ったからでしょ」

「まったく、可愛げがないって私のためにある言葉だと思うわ、昔から。お母さんにも迷惑たくさんかけたしね。いわゆる結婚適齢期は『お前は可愛げがない』だの『態度がでかい』だのあれこれ言われて、あっという間にこの歳よ。今は可愛げもなくてアラフォーのダブルパンチなんだから」

くるみ個人としては、千春が自虐するところはあまり見たくない。でも、そうでもしないと周りにも気を使わせるという千春なりの処世術なのだろう。

「私はね、くるみとこうしてたまに会って話をして、仕事して、それで満足なの。仕事が落ち着いたら猫でも飼って独身を謳歌しようかな」

「それもいいんじゃない」

もう3杯目になるのに、顔色ひとつ変えない。お酒に強い千春を見ながら、くるみも1杯目を飲み干した。