どんなものを食べているか、言ってみたまえ。君が何者か当ててみせよう

ブリア・サヴァラン

一、 先付

慶應二年 三月十五日

晴れ渡りし微風冷たからず 夕日の空穏やかにて 黄昏の庭なほ暮れ果てず 今宵は吾妻亭に芸妓玉奴を招き 一献酌み交わす 長年執心している芸妓なり 然し玉奴は別席にて客に振られた様子

立場なかりしは余なり 口説くつもりが この有様なり 女一人でじれこみ 火を打ち付けて付木にうつし むづと掴みし消し炭を火鉢に入れて吹き付けつつ 

持ち出したる徳利と燗鍋 やがて茶碗につぐ酒をも つかず飲み干しつづけて 二つ三つ五つ 徳利のかぎりやけ酒に尽くして 布団引きかぶり 前後もしらず伏したりしは おなごの所業とは見へざりき

腹の虫がおさまらず 腹の虫をなだめんと 一人蕎麦屋にて散財す

酒五合  二百文

焼き海苔 三十文

舐め味噌 二十文

枝豆 二十文

山葵蒲鉾 三十文

煮豆  八文

あぶらあげ 四文

あられそば 二十四文

愛想の 良さを惚れたと 勘違い

独酌も又良きもの 今宵はしみじみと朧月夜を眺めるなり

何やってるんだじじい、振られてやがると、私は思わず毒づいた。私はしがない一人身で定年を過ぎ、退職した男だ。