非常に安価で、貴重な鰻の肝をふんだんに使い、それに生卵を落とした物が、僅か千円だ。友人を連れて行った際には、強かに酔った覚えがある。

気に入って足繁く通っていると、ある日大将が、

「良かったらどうぞ」と鍋を持って来た。

「半助豆腐と言いましてね。まかないなんですが、お客さん、良く来て下さるから、ほんのお礼です」

鍋の蓋を開けると、もうもうと湯気が立ち上がる。中には、鰻の頭、ネギ、豆腐が入っている。コリコリとした頭にほんの僅かな身があり、これは乙だ。

よくよく聞いてみると、京都の花街や、大阪の商家のお惣菜だという。

庶民のおかずという訳か。成程、タンパク質にカルシウムが摂れ、ネギで風邪を予防する由、誠に理に適っている。鰻の頭は捨てることが多いので、安価なのは間違いない上に、中々旨い。

ここ人形町から程近い根岸には、豆腐の名店がある。今から四百年近く前、上野輪王寺の宮様が食べたという、絹ごし豆腐だ。

笹の上に 積もりし雪の 如き美しさよ、と称されたという。只、私にはもっと庶民的な方が良い。江戸期に出た、「豆腐百珍」という書がある。

様々な豆腐料理のレシピが記されており、金のなかった学生時代の私は、どれだけこの本にお世話になったことか。

「あらかね豆腐」。豆腐の水をよく絞り、崩して鍋に入れ、油は使わず、酒と醤油で煎り付け、山椒を振る。

「雷豆腐」。ごま油を熱し、そこに豆腐を崩して入れ、醤油を注ぎ、ネギの小口切り、大根おろし、わさびと共に食べる。

「ふわふわ豆腐」。同量の卵と豆腐を混ぜ、すり合わせながら煮て、胡椒をかけて頂く。何れも誠に簡単、懐に優しく、酒にも飯にも良く合う。

 

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