【前回の記事を読む】夜の店の“営業の型”は、100年前からあった?…嬢のサンタコスと同様、大正時代の女給達はひな祭りにコスプレをしていた。

三、 向付

国産ウイスキーの製造が始まったのは大正期だ。スコットランドから学び、一世紀の時を経て、今やジャパニーズ・ウイスキーは世界の垂涎の的で、価格高騰となり、投機対象にすらなっている。

日本産は、スコッチのキックや、バーボンの強い薫りはないけれど、飲み易いのは確かだ。海外のウイスキーはかって高嶺の花と呼ばれ、非常に高額だったけれど、今では日本産の方が高くなっている。

ハヤシライスの原型は諸説あるが、恐らくロシアのビーフストロガノフだろう。肉じゃがは、アイルランドのアイリッシュシチューから来たという識者がいる。コロッケはフランスのクロケット。豚カツは元々はポークカツレツ、こちらもフランスから来たらしい。

ほとほと感心するのがカツカレーだ。フランスのポークカツレツ、インドからイングランドに渡ったカレー、そこに日本米を組み合わせた訳だ。そして今、ロンドンでもヨークでもリバプールでも、カツカレーが飛ぶ様に売れているとか。アメリカやドイツから学び、それを進化改良し、今や世界に冠たる日本車とカツカレーは、同じ方法論じゃないか。

私の会社は妙に出張が多く、日本中に行かされた。昭和のサラリーマンだった私は、のべつ幕なし仕事に追われ、いつも時間がなく、それが女性と親密な関係を築けなかった一因かもしれない。様々な土地が記憶に残るが、中でも長崎には強い印象がある。というのも、彼の地はカオスというか、様々な文化が混在している。

驚いたのは、長崎名物トルコライスだ。豚カツ・ピラフ・ナポリタンスパゲッティの上にドミグラスソースがかかった一品だ。豚カツやドミグラスソースはフランス由来。ピラフは世界中にある。面白いのは、イタリアにはナポリタンスパゲッティはなく、トルコ人はムスリムなので豚肉は決して口にしない。なのに何故トルコライス?

和洋折衷、自由奔放、融通無碍、摩訶不思議な食べ物だが、私は出島記念館で、その謎が解けた気がした。

長崎の「くんち」というお祭りを描いた絵がかけてあった。その絵には、お祭りの観光客達の姿があったが、それが人種の坩堝なのだ。白人、黒人。中国人に韓国人。日本人にしても、侍あり町人あり、芸者に丸髷姿の女将さん。犬や猫までおり、鎖国時代の日本が、ここまで開かれていたのかと、驚きしかなかった。