閉ざされた国だった日本で、世界に唯一開かれた窓、それが長崎の出島だったのだろう。そのくんちを、出島では食卓に見事に再現していた。オランダ商人に提供されるのは、牛や豚、鳥や鴨の、焼き物に揚げ物。タイやヒラメの刺身や吸い物。バターで炒めた西洋野菜。デザートはカステラだ。
洋酒も日本酒も飲む。遊女達が席に侍り、黒人給仕がまめまめしく料理をサーブする。中国人シェフもきっといた筈だ。宴もたけなわになると、遊女らは三味線を弾き、太鼓を叩く。黒人がトランペットを吹く。オランダ人が、歌いながら手拍子を打つ。江戸期のジャズ・セッションだ。
この出島の料理が進化発展したのが、長崎名物の「卓袱」ではあるまいか。「卓袱」の語源は、ベトナムの方言だという。刺身に吸い物が出る。パイ料理が出る。豚の角煮が出る。和洋中が食卓の上で混在している。私は、「ハトシ」が好物だ。これは、パンの間に海老のすり身を入れて揚げたものだが、元々はタイ料理だという。
何でも受け入れる寛容さ、それが現代のトルコライスや卓袱やちゃんぽんに形を変えた気がしてならなかった。
日本人が好むオムライス、これは完全なメイド・イン・ジャパンで、恐らく茶巾寿司から発想を得たのではないか。茶巾寿司は、薄焼き卵で酢飯を包み、かんぴょうで巻いたもので、卵と米の組み合わせだ。それを洋風にしたのがオムライスで、これを嫌いな日本人は余りいないのではないか。
出汁巻き、スクランブル、デビルドエッグ、ピータン、木須肉(ムースーロー)、オアチェン、これは台湾名物、牡蠣のオムレツだ。フリッタータ、ボイルドにポーチド、スパニッシュオムレツ、スコッチエッグ。卵には多くの調理法があるけれど、私は目玉焼きの思い出がある。
やけに発注が相次ぎ、心ならずも残業になり、女性にベテランに新人、手の空いた五人で居残りとなった。当時は携帯もなく、連絡が取れなかったり、ファックスの紙が詰まったり、業務は遅々として進まない。
日付がかわる頃、皆の腹の虫が鳴るのが聞こえた。うん、ここは何か食べて気分転換だと思い、出前を考えたが、当時はまだデリバリーサービスなぞある筈もなくファミレスすらなかった。