いろんなつらいことが起こるかも知れないが、それでも家族みんな力を合わせて乗り越えていこう」と祖父が転宅と団結を呼びかけた。
なぜ静岡なのか理由の説明はなかった。いまだに不明だ。
そして、祖父が続けた、「引っ越し先は静岡県の草薙(くさなぎ)というところで、日本武尊(注一)が祀られている有名な草薙神社のある田舎町だ。伊藤さんという農家の離れを借りることになった。のどかで静かないいところだ。みんなきっと喜んでくれると思う。正夫の冬休み中に引っ越したい」と。
そのとき祖父の顔は、これまで見たこともない真剣な面持ちで話していた。みんな祖父の話に賛成した。祖父は、決断をするまでは慎重だが、決まると即行動に移す人だった。
その翌日。もうトラックが来て家財道具を積み込み静岡へ向かった。祖父と叔母二人は、荷物を受け取るため先発隊として出発した。それから三日目の早朝、祖母と母に連れられ、私と妹(当時六カ月)の四人が、蒸気機関車に乗って京都駅から草薙(くさなぎ)へと向かった。長時間かかって、やっと草薙駅に到着した。叔母が出迎えてくれて駅から近い引っ越し先の家へ連れていってくれた。
注一:「日やまとたけるのみこと本武尊」 古代日本の伝説上の英雄。一二代目の景行天皇の皇子。東方の蝦夷征伐を命じられ、野火の火難で草薙の剣で野火を切り払い救われた。日本で一番強い男性と言われている。