九、修理するな。新品と交換しろ
顧客より私は、当時、ラジオのどんな故障でも修理出来る技術を持っていた。あるとき、クレームで泉南市のユーザーM氏から直接電話がかかってきた。
「買ったばっかりやのにラジオが鳴らんのや。店にいうても取り替えてくれへん。メーカーとして責任を取って新品と取り替えろ」と怒鳴ってきた。
「ご迷惑おかけしまして申し訳ございません。メーカーとしましては一度直接うかがわせてもらってからご要望をお聞きしたいと思っております。よろしくお願い致します」
と丁重に返答した。色々と文句を言われた。
「それなら、明日の13時に来い」
と一方的に約束を取り付けられた。怒気を含んだ柄の悪い言い方だった。一つ間違えれば恐い顧客だった。
翌日、出張許可を取り、万一の場合に備えて同じ新品のラジオを車に積み泉南市に向かった。お詫びのしるしに菓子箱も用意していった。門真市から泉南市まで、かなりの距離があった。10分前にM氏の自宅に到着した。インターホンを押した。
「松下電器から参りました棚橋と申します」
と言うと「玄関から入れ」と言われた。
「失礼します」と扉を開けると玄関先で仁王立ちになったM氏がいた。
私は、名刺を差し出し丁重に「この度は、大変ご迷惑をおかけ致しまして誠に申し訳ございません」と深々と頭を下げた。
「これは、ほんのお詫びの印です。どうぞお納め下さい」
と菓子箱を玄関に置いた。
「棚橋か。お前、若いのに礼儀正しいな。新品は、持ってきたのか?」
「はい。M様。持ってきております。車に積んでおります。ご迷惑かけましたラジオ。もし、よろしかったら、どのような状態なのか、メーカーとして、確認をしたいと思っております。一度、故障ラジオを拝見できればありがたいのですが、いかがでしょうか。よろしくお願い致します」
と相手の目を見て丁重に丁寧にお願いをした。
「見るだけだったら、上がれ」
と言われ、タンスの上に置かれた故障ラジオへ案内された。
「失礼します」
と言って、ラジオの電源を入れた。いったん鳴りだしたが直ぐに鳴らなくなった。両手でラジオを軽く叩いてみた。鳴ったり鳴らなくなったりした。何処かの箇所で半田付け不良が起こっているなと直感で分かった。M氏が
「見た通りや。故障やろ。新品と取り替えてくれや」
と要求された。
「おっしゃる通り、故障です。直ぐに分かる故障ですので何処が原因なのかここで調べさせて頂けませんか」
とお願いした。黙っていたので、了解が得られたと思い裏蓋を開けた。見るとスピーカーのリード線の片方が外れかけていて、それが接触不良を起こしているのが直ぐに分かった。M氏が覗き込むように見ていたので
「申し訳ありません。ご覧のこのスピーカーの線が外れかけているのが原因でした。恐らく輸送中の振動が原因のように思います。簡単に半田付けすれば直ぐに元通りに直りますが、やらせて頂いてよろしいでしょうか?」
と問いかけた。M氏は黙っていたので了解されたと思って半田付けをして元通り正常に戻した。ラジオは正常に鳴りだした。
「お前何言うとるんや。こんなげんの悪いラジオ使えるかい。持ってきた新品と取り替えろや」
と強く主張された。
「Mさん。すみません。原因が不明なら新品と交換させて頂きます。今回は、単純な半田付け不良でしたのでしっかり修理させて頂きました。二度と故障は起こりません。新品同様になりました。なのでMさん。このままお使い頂けませんか。お願い致します」
と言うと突然怒り出した。タンスからドスを持ち出してきた。
「おい。お前。新品を持ってきたなら交換せいや。どうやんねん!」
と荒っぽく言い、ドスを畳に突き刺した。