芦名先生と司馬さんが出会ったのは、先生が娘の死に直面し、乗り越えようとしていた、まさにその時のことでした。「先生自宅訪問記」にはこの悲劇を乗り越えるために芦名先生は、毎夜、法然上人や親鸞の法語を一心に読み続けたとあります。

司馬さんに感銘を与えた芦名先生の「凡夫」の授業があったのは、中学二年生の時だったといいますから、先生が愛娘を亡くした翌年にあたり、先生が哀しみを乗り越えようと努力していた時期にあたります。

司馬さんは『芦名先生』と『悪童たちと凡夫』の二つの随筆で、この授業を感動的に語っています。

芦名先生はベテラン教師で、才能豊かな教師だったことは間違いがないと思いますが、それだけでは司馬さんをここまで感動させることができなかったかもしれません。

愛娘を亡くすという悲劇、そして法然や親鸞の法語を読んで、それを乗り越えたことで、芦名先生の信仰が深化したのかもしれません。

司馬さんは「念仏行者である芦名先生のお口から出たればこそ、子供の心さえ打ったああいう不可思議さが行われたのであろう」と書いています。

中学一年から二年間、司馬さんは英語の先生との軋轢で苦しんでいました。そんな時期の司馬さんだったからこそ、芦名先生が授業の言葉の一つひとつに感じるものがあったのではないかと思えて仕方がありません。

もし、二人との出会いが、芦名先生が幸せな家庭生活を送っていた時期だったらどうだったでしょうか。そうすると出会いは別のものになっていた可能性があります。

この芦名先生の授業は司馬さんにとって、非常に重要な授業となりました。