【前回の記事を読む】司馬遼太郎は色彩に繊細な感性を持つカラーリストだった!? 「赤」に対する彼のこだわりがわかるエッセイを読み解く

第一章 司馬遼太郎の育った庭

三 大阪市立御蔵跡図書館

御蔵跡図書館とは

私が注意する必要があると考えるのは、この頃の「図書館好き」が全蔵書読破を目的としつつも、その半分以上は英語の先生のストレスから逃れるための逃避の意味があったのではないかということです。

私は今、司馬さんが御蔵跡図書館に通い、蔵書のほとんどを読んだということを「全蔵書読破」と書きましたが、この全蔵書読破について少し説明しなければいけないようです。

もともと、司馬さんはこの図書館の蔵書をほとんど読んだということについて言及したのは二回ほどしかありませんし、それも、図書館が好きで通う内にいつのまにか読んでしまっていたというニュアンスで軽い感じで書いているだけです。

しかし、仮にも日本を代表するような大都市である大阪の市立図書館の一館にある蔵書のほとんどを、七年かかって読み尽くすことは、並大抵のことではなかったはずです。

そのため、私は司馬さんの中学・大学時代の読書を特別なものとして仮に全蔵書読破と名づけたいと思っています。

このことは、司馬さんの全蔵書読破を大袈裟にしたくないという意思に反するかもしれませんが、そうしなければ、司馬さんが中学・大学時代の青春のほとんどをつぎ込んだ全蔵書読破の本当の意味が明確にならないと考えるからです。

司馬さんが、中学一、二年の頃(担任との対立でストレスで一杯だったと思われる時期)のことを話していると思われるインタビューでは、司馬さんは図書館通いを「学校が終わったら図書館へ行くことのみが楽しみでした。ベルが鳴るとワーッと走って行く感じです注1)」と語っています。

みどり夫人が「司馬さんは図書館に逃げていた」と話しているのは、同じ頃のことだったでしょう。

そんな辛かった中学生活も三年になってようやく終わりを迎えます。すでに書いたように英語の先生が担任から外れたのです。

このことは司馬さんは全蔵書読破と速読術の習得に集中できるようになったことを意味します。ただ、この時期のことだと思われるインタビューでは「いま思い出してもそんなにワクワクするようなものではありません」と話しているのが少しひっかかります。