おそらく、この「ワクワクするようなものではありません」は全蔵書読破に挑んだ時の正直な心境だったと考えられます。よほど、過酷で辛かったのではないでしょうか。
その後に続く、「ただ、自分の十代の間に何ごとかがプラスになってくれた。それは、いくら考えても図書館しかないですね注1)」は、そんな辛かった時期を乗り越えて達成した全蔵書読破が、自分に与えてくれたものの大きさを語っているように思います。
以上のように考えると、司馬さんが改めて、自分の図書館通いがいつ始まったのかを考えた時、図書館に逃避していた中学一年ではなく、本気で全蔵書読破を始めた中学三年こそが自分の図書館通いが始まった年と考えるのがふさわしいと考え、それが「自伝的断章集成」の記載になったのではないかと考えられます。
しかし、司馬さんは結局、全蔵書読破は中学卒業までには達成できず、大学を仮卒業する頃にようやく達成できました。中学一年から始めたとして七年、中学三年からだと実に五年間を費やして達成したことになります。
この信じられないような挑戦は何より、司馬さんに高い志と強い覚悟を持てば自分はどんなことでもなし遂げられるという自信を与えたように思えます。
この絶大な自信は、曰く「人間、事を成すか成さぬかだけを考えておればよい」、曰く「可能かどうかを考えるよりも一つずつやりとげてゆくことだ」「勇気と決断と行動力さえもちあわせておれば、あとのことは天に任せればよい」
「人間には志というものがある。この志の味が人生の味だ」など、多くの作品に散りばめられた言葉に見ることができます。
司馬さんには全蔵書読破以後も数々の試練が待ち構えていましたが、全蔵書読破に比べたら、何ほどのことはなかったかもしれません。司馬さんは人生最大の壁を大学生時代にすでに乗り越えていたからです。
注1)「図書館で教わった本の読み方」『司馬遼太郎が語る日本 未公開講演録愛蔵版Ⅲ』『週刊朝日』増刊 朝日新聞出版 一九九七年
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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