「あ、いや、まあ、そのう、何というか、そのう、急に言われてもですね。こっちにも、まあ、色々と都合ちゅうものがありましてですね」

何を言ってるんだろう。落ち着け、喜之介! はい! 自分で自分を鼓舞する。

「今、急に言われても困るから、日を改めて」

三日連続で、この言葉を絞り出した。初日の椿沢祐斗、二日目の岩崎信男。そして、三人目。

「はーい」

派手美女は素直に言った。そして、何やら手渡そうとしている。連絡先のメモだろう。もう三度目となるとパターンは承知だ。その通り、彼女は喜之介にメモを渡した。

椿沢は普通のメモ用紙。岩崎は広告の切れ端のようなくしゃくしゃな紙。それに比べ、今回は人気のキャラクターがデザインされた可愛い紙。そこは違う。

「じゃあ、ここに連絡お願いね!」

そうしまーす! 喜之介は危うく同じような喋り方をしてしまいそうになったが、そこは踏みとどまって、「では、後日、連絡させてもらいます」と、何とか普通の喋り方で返事をした。

「よろしくね!」

「ハイ!」

良い返事をした。

「じゃあ」

明るく軽やかに去っていこうとする彼女に聞いておくべきことがあった。

「あのう、あなたは、年はおいくつ?」

「え? 女性に年齢を聞いちゃうの? 気になる? じゃあ、特別に教えてあげる。私、二十歳。この間なったばっかり。じゃあ」

彼女があっさり去っていった後、喜之介は可愛いメモ用紙を食い入るように見た。

泉川琴音。

そこには四つの漢字が舞い踊っていた。その横にはルビが振ってあった。いずみかわ ことね。

「琴音ちゃんか……」

その言葉がこぼれ出た喜之介の口元は、何十年も身に着けたトランクスのゴムのように、これでもかというほど緩んでいた。

 

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