【前回記事を読む】若手が俺の様子を慎重に窺っている。様子が変だ。そう思っているに違いない。大正解! 実際、様子は変だった。挙動不審。

第一章 怒 涛

三、二度あることは三度あるんかい!

ん? オッサンの声? また、オッサンかいな。そう想像しながら、思い切って振り向く。

「あのう……」

これが三人目の弟子志願者か。三十代と思しきサラリーマン風の男性だった。

「はい」

小さい声で返事をする。

「カバン、落とされましたよ」

え? カバン? 確かに脇にはさんでいたセカンドバッグがない。なんじゃ、コレは! 緊張しすぎてカバンを落としたことにも気付いていない。

「あ、すいません」

そう礼を言って、慌ててセカンドバッグを拾い上げる。俺は何してんねん! 自己嫌悪の風が猛烈な勢いで吹いてきた。情けない。声をかけてきたのは、てっきり三人目の弟子志願者かと思ったら、ただの親切な人だった。アホらしい。

「あのう……」

また声がする。幻聴か。

「あのう……」

確かに後ろから聞こえる。

「ハイ」

喜之介はゆっくりと振り向いた。

「ビョ!」

妙な擬音を発してしまった。若い女性だった。

「あのう……」

喜之介を見つめる。今度は道でも聞かれるのか?

「花楽亭喜之介師匠ですよね?」

本人かどうか確認された。

「ハイ、そうですけど」

「弟子にしてもらえません?」

「ビョ!」

口の中に食べ物を入れていたら、猛烈な勢いで吐き出していただろう。それぐらいの驚きだ。

「この私に弟子にしてほしいとおっしゃっておられるんでっか?」

尋常ではない言葉遣いになった。

「そうです。喜之介師匠の芸と人柄に惚れましたんで、よろしくお願いします」

また、出ました! 芸と人柄。喜之介は若い女性に見つめられて、思わず目をそらしつつも横目でその容姿を確認する。