「射!」
坂本の号令とともに一斉射撃が始まった。バリバリッと布でも裂くような音がした。平八郎の周りにいた塾生や農民たちが、悲鳴を上げながら次々と倒れていく。
(やりよった)
静寂と弾煙が広場を包む。数刻にも思える時間。耳には残響、鼻には残臭。霞のような弾幕が晴れると、平八郎の目の前にはあのペッパーボックスを構えて盾になるカイがいた。
「騙されんな。今のは火薬だけの空撃ちだ!」
少年が叫ぶ。訓練の時実弾がもったいないからと、何度も弾を込めずに射撃姿勢を習練した。だから空撃ち(空砲)の音は布を裂く音と知っている。第一血が全く飛び散っていない。みな恐怖におののいて身を伏せただけだ。
「あかん、カイ。やめえ」
平八郎が背中に声をかける。
「オイラは先生の用心棒だ。これが仕事だ」
「そやない。向こうの射程距離は五十間以上。短筒では届かん」
「くそ。肝心な時に、役に立たねえのかよ!」
このカクメイの最中、これを使ったのは蔵や金庫の鍵を壊す時だけだったぞ。
「武器を過信すな。ただの道具や。退がれ、カイ」
だがそれでもどこうとしない少年の背中を見て、平八郎は切なくなった。こんな爺を守ろうとするんやない。逆や。わしが、お主ら若者の未来を守りとうて事を起こしたんや。
「遅く、なり申した」
土井の背後からあの跡部良弼の声がした。さらにそのうしろにはカルバリン砲を曳く本多と堀らの姿も。