翌朝、兵糧や物資を受け取ると、英子の一行は前野主の館を出発する。今回の立ち寄りのもてなしで、都での面会を約している。

「都で、是非、よろしくお口添えを」

英子は帰路も館に寄るだろうが、何度も口にしておくに越したことはない。前野主の言葉に、英子も頷いた。前野主は蝦夷までの、新たな道案内も一人つけてくれる。

都からの案内役の大犬は面白くはないが、途中の村の用心のためと言われれば、抗ういわれもない。前野主の配下の烏丸(からすまる)という者が案内に立つ。

出立の準備をしている蝶英に、中庭で珍しい男が目に映った。長身の痩せた男。肩まである髪は結ばず、少し縮れている。

変わっているのはその顔だちだ。白くて彫りの深い顔を顎鬚が覆っている。これが蝦夷の顔だろうか。離れの建物の修繕で、人夫と共に丸太を運んでいる。

見入っている蝶英に、烏丸が笑う。

「あれは、渡来人の男」

そう言うと、渡来人と聞いて、法広が目を向けた。しかし、中華の人の顔かたちではない。

「ここでは、吐火羅(とから)人って呼んでますよ」烏丸が、法広に言う。

吐火羅。西域の国だ。確かに洛陽でも見かける西域人の顔かたちだ。こんなところに西域の人間が。

法広は、中華の言葉で男に話しかけてみた。その吐火羅の男は、丸太を担ぐ足を止めて、顔を向けたが頸を振る。

「法広殿。その男には、何処の言葉も通じませんよ」

確かに渡来人といっても、法広の捜す秦の係累とは全く別者のようだ。

「どうして、ここに」

法広が烏丸に問うと、いつの間にか、居ついていたという答えだ。なるほど、東夷の倭といっても広いものだ。四方が海の島国だけある。いろいろな民が流れてくるのだろう、法広はそう感心した。

 

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