【前回の記事を読む】「おれは宴には用無しだ。」「ほら、飲んで機嫌を直せ。」 腐る大犬と諭す老剣。英子様と我々では身分違いも甚だしく――

大王の密使

前野主は門を出た一行が、道の彼方で姿を消すまで見送っている。やがて、門が閉じられた。母屋に戻った前野主を男が待っている。

「出たか」

前野主は頷いた。物部仁人は笑う。

「東国は、昔から物部の地だ。まだまだ、物部の味方もいる」

「私どもも、大連様の御恩は忘れておりません」

東国の氏族間の争いの中で、物部の兵の加勢で敵を破った。何十年も前のことでも、この地にいると、つい昨日の出来事なのだ。都では、とうに忘れられていても、東国の地の者は憶えている。

「仁人様、私の配下の者を、彼らにつけました。まずはご安心下さい」

そう言うと、仁人も頷く。前野主にすれば、本音は蘇我であろうと物部であろうと構わない。どちらにしても、飛鳥と繋がればよいことだ。双方に貸しを作っておけば、いかようにもなる。

「前野主、おまえは賢いな」

仁人は、皮肉な笑いを浮かべる。見抜かれていたか。前野主も、笑顔で黙している。

「褒めている。そうでなければ、地方の氏族など、生き延びられない。いずれ、都の大王の大軍が平定に来る。東国も蝦夷も、そのとき、その旗の色を良く確かめることだ」

そう言うと、立ち上がる。

「いろいろと、世話になった」

それから、傍らの龍円士にも声をかける。

「われらも、後を追う」

龍円士は頷いた。