いつものように蝶英は老剣と、午後の鍛練に余念がない。前野の館から案内人となった烏丸は、珍しそうに二人のやり取りを見ている。最初はただの従者の親子と思っていた。

「何者だね」

烏丸は兵の一人に訊いた。

「ああ。あれは英子様の護衛だ」

「護衛」

「ああ。昔は、名のある剣士だったらしい」

「あの娘は。男の娘。いや、孫か」

兵は頸を振る。

「いや。弟子だ」

「娘が弟子」

聞いたことがない。剣術使いの娘なんて。

「ああ。偏屈な爺さんだ。もともと、隠居して、山の奥に娘と二人でいたらしい。英子様が都に呼び戻した」

ほう、と烏丸は感心している。

「おい。妙な気を起こすなよ。娘に手を出したら、あの爺さんに殺されるぞ。もっともその前に、娘に殺されるか」

兵は笑って言った。しばらくすると、二人の鍛練は終わったようだ。蝶英は焚き火から離れて座り込んで、剣の手入れをしている。この旅に際して、老剣から初めて与えられた大切な真剣だ。烏丸は懐から小刀を出した。熱心に剣の手入れをしている蝶英を見ている。そのまま、小刀をすっと投げた。

蝶英は矢のように走る小刀には見向きもしない。ただ、右手の人差し指と中指で、小刀の刃をすっと挟んだ。ゆっくりと地面に置いた。それから、烏丸を見た。

「ははは」

大きな笑い声がする。烏丸が振り返ると、あの隋の坊主がこっちを見ていた。

「あの娘は並みの娘じゃない。師匠と十年も剣の修行をしている。剣を投げ返されなかっただけでも命拾いをしたな」

烏丸は頸をすくめた。法広は、笑いながら蝶英を見た。

「蝶英、こっちへ、短剣をくれ」

そう坊主が言うと、蝶英も笑顔で小刀を投げる。

僧である法広は、飛んできた小刀の、その柄をふわりと掴んだ。そして、烏丸に手渡す。

「あの二人の師弟がいれば、英子様も安心だ」

そう言うと、意味有り気に、烏丸に微笑んだ。

「いや、私は別に。ちょっとした、好奇心から」