【前回の記事を読む】「われらは、蝦夷の村に行く」──禁じられた北の果てを目指す旅路。大王の民が探し求める“火の山”とは

大王の密使

法広の言葉で、老人はじっとその顔を見る。黙っている。法広も老人の顔を見つめたままだ。老剣も二人を見ている。烏丸は、落ち着きがない。

「昔、火を噴いたと言い伝えのある山がある。それこそ、おまえの言う通り、地の果てだ」

老人は重い口を開いた。

「そういう言い伝えがある。昔のことだ」

「それは何処に」

老人は、法広の問いに頸を振る。

「それは知らん。北へ行くことは禁じられている。まして、火の山など。その場所は、確かめる術(すべ)も無いし、その必要も無い。ただの昔の話。言い伝えだ」

渡来人の村は火の山に関係している。初めて法広は現実の手がかりを口にした。

老剣は傍らの法広を見ている。

この法広という男、手の内は明かさないつもりだ。老剣は苦笑している。

「北へは、本当に誰も行ったことがないか」

もう一度、法広が念を押すと、老人は怒って黙ってしまう。

「わかりました。いろいろお話、感謝します」

法広は頭を下げた。

「後は、この黒狼(こくろう)に任せる」

そう言うと、老人は立ち上がり、奥に引き揚げた。兵の長で黒狼と呼ばれた男が、老人に頭を下げて見送った。そして、さて、と老剣と法広に向き直る。

「おまえたちの言うことを、信じているわけではない」

そう、まずは、念を押してから言う。

「信じてほしければ、取引をしろ」

「取引」

老剣は顔をしかめる。

「ああ。まず、武器が欲しい」更に顔をしかめる。