「ああ。つまらない好奇心は身を滅ぼす。隋でも倭でも、それは変わらない」
そう言うと、また声を上げて笑う。蝶英も、それを見ながら笑っている。老剣が英子と話して帰ってくる。
「どうした」
笑顔の蝶英に問いかけた。
「別に。何でもありません。先生」
そう言うと、剣の手入れを続けていく。
英子の一行は、更に、いくつかの集落の脇を素通りして道を急ぐ。北に進むに連れて、集落が小さくなっていくようだ。
やがて、大犬も烏丸も、全く知らない土地、知らない集落になる。都の大王や地方の領主とも関わらない土地と、そこに住む人々。未踏の地域である。意図しない争いを避けるためにも、集落は避けながら、進んでいく。少ないとはいえ、十人の武装した兵がいる一行である。なるべく、人のいる畑や家の近くを避けて、北に進む。
大犬も案内はしない。途中から加わった烏丸も、前野の地に引き返さずにそのまま同行している。
法広は、このまま北に進むように指示していた。この男は、行き先の方角を知っているらしい。法広は今朝も、北に向かって読経し瞑想にふけっている。それから進むべき道を指示するのだ。英子もそれに従っている。
法広は立ち上がると、後ろにいた英子に笑顔で頷いた。
「進みましょう」
「渡来人の行方は。見えているか」
英子が尋ねると、法広は頷いた。
「彼らの『気』を感じています」
「『気』か」
英子が知らない言葉だ。この僧は、何かと言うと、それだ。ここへきて、常に法広が語る『気』については、英子も理解のしようがない。
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