用人役に目で促された安尊が頭を垂れながら恭(うやうや)しく、

「殿におかれましては、益々御機嫌麗しく大慶に存じ奉りまする。此度は我が嫡男安展(やすのぶ)に御家出仕のお許しを頂きたく、恐れながらお目通りのお手間を賜りました次第でござりまする」

と、高く通る声で口上を述べた。安展は雄之助の諱(いみな)(本名)である。近訓(ちかくに)が、

「主米(しゅめ)の跡継ぎを連れてまいったか」

と、やや鼻に掛かった声で応じた。主米とは安尊(やすたか)の通名である。その問いに安尊が、

「さようでござりまする」

と、畳に目を落としながら答えた。近訓(ちかくに)が音物(いんもつ)(贈り物)への礼と、仕官許可の旨を伝えると、安尊が、

「まことに恐悦の至りにござりまする。愚息より一言御礼を申し上げたく存じまする」

と請うと、うむ、と、近訓がそれを許した。

「此度は、ご尊顔を拝する光栄に浴し、恐悦至極に存じ奉りまする。お役を拝命いたしましたからには、粉骨砕身、身命を賭してお仕え申し上げる所存でござりますれば、憚(はばか)りながら岡本家嗣子(しし)としてお見知り置き頂きますよう、何卒よろしくお願い申し上げ奉りまする」

と、雄之助が、今朝剃り整えた青々とした月代(さかやき)の頭を、畳に擦りつけるようにして言上すると、それを聞いた近訓が、

「あい分かった。よき心がけじゃ。祝着(しゅうちゃく)」

と、破顔した後、

「歳は」

と、問うた。雄之助が前に置いた扇子を見ながら、

「十八にてござりまする」

と、答えると近訓は小さく頷(うなず)き、

「顔が見えぬ。上げてみよ」

と、命じた。雄之助は恐る恐る顔を上げ、父の事前の言いつけ通り近訓(ちかくに)の腰の辺りに視線を落ち着かせた。

「うむ、なかなかの美丈夫(びじょうふ)。怜悧(れいり)と聞いておる。励め」

と、近訓は雄之助に語り掛けると、満足げに笑みを浮かべながら退座した。二人は平伏しながら遠ざかる肩衣(かたぎぬ)の背にある「丸に釘抜」の紋を見送った。この謁見により、雄之助に関わる諸事は藩より正式に認可された。

 

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