【前回の記事を読む】物語は九州にある美しい城の伝承の謎に迫る若い侍が真相を知る語り部との出逢いから始まる

第一章 プロローグ

今年四十四の安尊(やすたか)が白髪の交じる頭を上げ、よく晴れた空に目をやりながら、ほっと安堵の息を吐(つ)いた。家老の職にあり城中諸事に精通しているとは言え、自家に関わる重要な謁見が事なく済んで人心地ついたのである。

一息つくと安尊が城内を案内し始めた。足早に廊下を歩く安尊(やすたか)の後を雄之助がついていくと、これから雄之助が世話になる用人(ようにん)役が詰める部屋に辿り着いた。

用人役とは、小姓頭、小姓、近習番、中小姓の上に立ち、藩主の補佐を司る、家老、列座に次ぐ要職である。昼夜を問わず藩主を補佐し見守りをするため、複数いる同役が当番制で城に詰めていた。中小姓である雄之助はこの用人役と中小姓組頭の下で働くことになる。

部屋には小柄だが精悍(せいかん)な面立ちの、当日当番である用人役太田清左衛門が控えていた。また、配下の小姓頭と中小姓たちも畏まって家老とその息(そく)を迎えた。安尊が、

「此度、中小姓を拝命し出仕いたす嫡男の雄之助でござる。向後お見知り置き頂き、お引き回しの程をお願い申す」

と、挨拶すると、家老の慇懃(いんぎん)なる言い回しに太田が恐れ入りますと腰を折り、こちらこそと頭を下げた。太田が、

「お勤めの詳細につきましては、後日、当方が非番の折にご説明いたしますので、当方よりの呼び出しをお待ちくだされ」

と、雄之助に柔らかな表情を向けながら語り掛けた。雄之助がよろしくお願い申しますと頭を下げ、二人は太田とその部下の見送りを受けながら用人部屋を後にした。用人役と小姓頭、及び中小姓組頭の私邸には安尊から音物が届けられた。