「わからないけど、いずれにせよフランス語圏だよ。どこがいいかなあ?」
すると彼女はしばらく考え込んでいたが、井原の耳元でそっとつぶやいた。
「アルジェリアがいいと思うでやんす」
誰に教わったのか、変な日本語だ。
「君のルーツか?」
「そう、私の生まれたところでやんす。その時はフランスのアルジェ県だったけど、もちろん今は独立国だぜ。日本もあなたの会社も、あなたもアルジェリアをサポートしてほしいぜ」
クリスチーヌの提案を聞き入れたわけではないが、井原は赴任先の第一希望をアルジェリア、第二をモロッコとして会社に提出した。
後日、彼にアルジェリア派遣の辞令がおりた。
三、 ブーメ大統領の悲願
アルジェリアは北アフリカの陽の沈む地マグレブと呼ばれる地域の一角にあり、地中海沿岸に沿ってアトラス山脈が横たわる。
アトラス山脈の南には、面積一千万平方キロメートル、日本の二十七倍に及ぶサハラ砂漠が広がる。
七洋商事の井原大輔がフランス語研修後のお礼奉公でアルジェリアの首都アルジェに赴任したのは、第一次オイルブームのさ中の一九七六年七月である。
パリ・オルリー空港からエールフランス機で二時間、井原はアルジェ国際空港へ降り立った。
発展途上国への入国の特徴で、パスポート・コントロールや荷物チェックでのトラブルを覚悟していたが、思いのほかスムースに通り抜けた。