【前回の記事を読む】「アルジェリアがいいと思うでやんす」――彼の提案を聞き入れて決めた赴任先。日本の商社マンがアルジェリアの地へと降り立つ。
三、 ブーメ大統領の悲願
ここが七洋商事の駐在員で独身者または単身赴任者の住まいになっている。
「荷物を置いたらオフィスに行くので待っていてほしい」と、運転手のシャドリに言って家へ入ると、お手伝いさんらしき女性がキュジーヌ(キッチン)を掃除していた。
井原が到着するのは聞いていたらしく、すぐに「自分の名前はファツマです」と挨拶をして、彼の荷物を持って二階の部屋へ案内した。二階にはベッドルームが三つあって、その内の一つだ。八畳間ぐらいの部屋の中にはベッド、事務机と椅子、洋服ダンスが設置されている。
二階のもう二部屋には家族を日本に残している単身赴任者が居住していると聞いている。
一階にベッドルームがもう一つあるが、日本から送られてきたインスタント食品やらなにやら物置のようになっている。
そういう間どりで、この家は日本式に言えば4LDKとなる。
高台にあるためにバルコニーから地中海が一望出来るが、ゆっくり景色を楽しんでいる余裕はない。井原はすぐに待たせてある社有車に戻った。
七洋商事アルジェ駐在員事務所はアルジェ市の中心部のビルの五階にあった。
遠くからは美しく輝いて見えた街だが、中に入ると、通る人々や街に漂う匂いも含めてフランスとは違う空気が漂っている。パリの北にあるアラブ人街的な雰囲気を井原は感じた。
オフィスへ到着すると、彼は早速所長室へ挨拶に出向いた。
「今日からお世話になります、井原です。宜しくお願いいたします」と挨拶すると、所長の北山(きたやま)は席から立って井原に近寄り握手をしながら、
「井原君よく来てくれたね。とりあえずオフィスのメンバーを紹介しよう」と言って、所長室を出ると、全所員の執務机がある大部屋へ井原を連れていって、
「みんな、新メンバーを紹介する」と声をかけた。
そこにいるメンバーは大田原(おおたわら)所長代理、機械担当の清川(きよかわ)駐在員、機械メーカーからの短期派遣者の熊田(くまだ)及びローカルスタッフのナシール、それに女性が二人、秘書のナーシャと事務員のアニーサである。
この他に運転手のシャドリ、そしてお茶くみや雑用担当のサルマおばさんの総勢九人だ。今回そこに井原が加わることになる。