【前回の記事を読む】日本人経営のクラブで働くホステスに密かに思いを寄せていた。ある日、その店を訪れると彼女の姿はどこにもなく…
二、 クラブ・カルチェラタン
幸とはそれきり会えぬままに、井原の研修生としての一年が過ぎようとしていた。一年といってもこちらの学校は九月始業で六月終業の実質十ヶ月だからあっという間だ。
フランス語研修が終了すると、次の一年間は実際のマーケット現場に駐在しての実地訓練となる。社内ではお礼奉公と呼ばれる。
お礼奉公に出る現場は当然フランス語圏で、しかも七洋商事の出先があるところとなり、北アフリカのチュニジア、アルジェリア、モロッコや西アフリカのセネガル、コート・ディボワール、更にザイールあたりが候補となる。
ベトナムやカンボジアも考えられる。そろそろ井原としての希望先を出さなければならない時期になった。
井原はこれが最後となるかも知れないと思いながら、クラブ・カルチェラタンに顔を出した。幸は相変わらず店に来ていなかった。
「あら、井原さん、もう一年経つの、早いわねえ。これからどうするの、東京へ帰るの?」と、ママはいかにも残念そうに聞いた。
「お礼奉公でもう一年どこかのフランス語圏で働かなければならないんだ。アフリカのどこかになると思うよ」
「そう、ご苦労様ですね」
この話は店の女の子にもあっという間に知れ渡り、クリスチーヌがすぐに井原がいるカウンターの所にやって来た。
井原は、「フランス語を教えてもらって助かったよ。ありがとう。これからどこかへ行って実践することになるよ」
「どこかへって、どこでございますか?」
彼女は興味深げに聞いた。