【前回の記事を読む】「何があった」その言葉をきっかけに、彼女は肩を震わせ嗚咽を漏らし始めた。そして「警察は私を疑っているみたい。脅された」と…
眠れる森の復讐鬼
「七月二十六日の一時に石川さんに点滴する生理食塩水と抗生剤も注射室に置いてあったんですよね」
「そうですよ。どちらも注射室の中に保管してあったもので調整しました」
「調整して、私が取りに来るまでの間にどなたか薬剤部に来られましたか?」
「いえ、私が調整し終わったら、すぐに石破さんが取りに来られましたから。警察にも同じようなことを説明しましたよ」
「そうですか・・・・・・」
二人は肩を落として薬剤部を離れ、一階ロビーの椅子に腰掛けた。
「やっぱり、インスリンは四階病棟で混注されたんだわ。やっぱり梨杏が・・・・・・」
うなだれる一夏をどうやって慰めようかと海智が思案していた時、正面玄関のガラス張りの向こう側で金清と経子が言い争っている姿が目に映った。
彼らはしばらくの間揉めているようだったが、経子が呆れたように踵を返すと玄関から院内に入り、海智らにも気付かぬままずんずんとエレベーターの方へ行ってしまった。その後から金清が首をすくめ、背中を丸めて亀のようにとぼとぼと歩いてきた。彼は二人の視線にすぐに気付いた。
「変なとこ見られちゃったな」
「経子さんとお話ししたんですね」
「夜中にこっそり梨杏に会いに行っているのに気付かれちまったようでね。そんな卑怯な真似をするなって言うから、実の娘に会いに行くのがどうして卑怯なんだって怒っちまったわけさ」
「これからはどうするんですか?」
「ああ、しばらくは控えることにするよ。だが、やっぱりまた会いに行く」
金清は口を真一文字に結んだ。