【前回の記事を読む】「お母さんにも何度も謝った。あの子のために何かしたくてこの病院で働いてる」と泣く、彼女を昏睡状態に追い込んだ元いじめ加害者
眠れる森の復讐鬼
「中に入って」
海智は棒立ちになっている彼女を病室の中に誘導し、とりあえず椅子に座らせた。それでも彼女は黙ったまま、握り拳を膝の上に乗せた姿勢で固まっていた。
「大丈夫? 一夏。何があった」
その言葉をきっかけに、彼女は肩を震わせ、嗚咽を漏らし始めた。大粒の涙が敷石を穿つ雨粒のように手の甲にぽたぽたと落ちた。彼女が口をきける程度に落ち着くのにしばらく時間を要した。
「警察は私のことを犯人だと疑っているみたい。梨杏のことは全く相手にしてくれなかった。嘘をつくとためにならないぞって脅されたわ」
一夏は泣きじゃくりながらようやくそう言った。
「一夏、これは君のためなんだ。落ち着いてよく思い出してほしい。嵐士に一時に点滴するボトルを一階の薬剤部に取りに行ったのは君だろ。何か変わったことはなかったかい?」
「いいえ、何も。その時の薬剤師は芳谷さんだったけど、もう抗生剤の混注も、点滴ルートの接続も終わっていて、私はそれをカゴに入れて持ってきただけ。点滴するまでの間は処置室の処置台の上に置いてた。後は一時に石川に点滴しただけよ」
「処置室に置いてあったボトルに看護師以外の人間が近付く可能性は?」
「難しいと思うわ。処置室に入るためにはナースステーションの中を通らないといけないもの」
「でも昨夜は二人ともナースステーションにいなかったじゃないか」
「あれは認知症の患者さんがベッドから転落したので二人で起こしていたのよ。その時はもう点滴は始まっていた。それ以前は少なくともどちらか一人はナースステーションにいたと思う」