「俺は木筒の撃ち手、お主らは細筒を狙え」
照準の合わせも素早い。まず坂本の配下が細筒に撃ちかけた。援護射撃だ。坂本自身はその間にじっくりと大筒の射手に狙いをつける。大塩隊きっての砲術師で梅田源左衛門という大男だった。しかしその男の背後には、こちらに向けて同じ中筒を構える別の射ち手も見えていた。田沼意義である。
(さて、どっちが早い?)
全身が総毛立ち、ひりひりした感覚に支配される。引き金を引く。鼻先に火薬の焼ける臭い、パンという豆が爆ぜる音、その直後に大男が倒れるのが見えた。自分はどうだ? 生きているか?
「坂本殿。大丈夫ですか?」
言われて見ると、陣笠に穴が開いていた。相手方の中筒の弾だろう。まさに皮一枚の銃撃戦だったわけだ。梅田は大塩方最初の戦死者となり、格之助の部隊は大筒を捨て這う這うの体でその場を離脱した。まだ鼻先に残る硝煙を吸い込んで、坂本は恍惚となる。
(うん。手柄の臭いがするでえ)
ああ、ぎりぎりの命のやりとり……俺はやはり、生まれる時代を間違えたな。叛乱軍最大の脅威であった大筒を戦闘不能に陥れた。こののち坂本絃之助は乱の鎮圧の立役者となり、功績第一として旗本に取り立てられ大坂鉄砲方に就任する。
一方堺筋からの撤退を余儀なくされた格之助隊は大いに動揺した。主戦力の射ち手がいなくなったからだ。
(大筒が使われへん。細筒も敵わへん。ど、どないしたら)
隊長の不安が伝播したのか二十名からなっていた隊は戦意喪失していく。勢いで隊に加わった町人や農民はこっそり離脱していった。
(俺だ。俺が梅田殿を死なせた。この隊を敗走させた)
意義の心の中にも、いつもの霧がかかり始めていた。
次回更新は5月17日(土)、11時の予定です。
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