「ま、こんなとこでウダウダするよりええですけど」
「あ! もしや、抜け駆けでっか?」
「アホ。声でかいわ」
空気の読めない部下をはたいてから、
「本多殿。拙者、御城代からの呼び出しがかかりました。ここは本多殿にお任せしますんで、よしなに」と坂本は本多に命令書を押し付けて、中筒(中型火縄銃)を肩に担ぐ。
(ええ? あのヘタレどもの子守かいな)
不服だが、いま主導権を握っているのはこの男だ。本多は隅で縮こまっている跡部と堀を見やるしかなかった。
中筒隊が淡路町に到着した時には、すでに敵の姿が見えていた。
「腰を低うして、構え!」
坂本の号令に、隊員たちはわずか十匁の鉄砲を構え直した。百匁の大筒vs十匁の火縄銃。どちらが有利かを坂本は知っている。
「ほな、御城代を江戸にお連れ申すとしよか」
呑気に火薬の袋を探していると、足元を鉄砲玉が通過した。見ると予想したより早く、格之助の鉄砲隊がこちらを狙っている。なるほどやつらも馬鹿ではなさそうだ。だが相手の銃は、こっちより小さい五匁の細筒。二十間も離れていては威嚇にしかなるまい。いや、当たらないと知っている俺には脅しにもならない。
「お返しや。玉込め!」
坂本隊の動きは迅速だった。三人の射手が職人のような早技で中筒に玉を装填させる。細筒では届かないと知るや、相手の大筒隊も砲を旋回させはじめるが架車の身動きがとれない。致命的だ。大筒本体よりも架車の問題なのだ。あの構造では前後の直進はできても、方向転換のたびにおとな数人で架車ごと持ち上げなければならない。
ではもう一門のフランキ砲はどうか? よく見ると架車を押す者はいるものの、射手らしき者の姿がない。坂本が推察した通りこの武装は威嚇だけのもの、ハッタリなのだ。砲が勝手に撃ってくれるわけやない。撃つんは人間なんやで。