栞の心を固く縛り付けていた鉄の鎖がいとも簡単にするりとほどけて、食べ物にがんじがらめに支配されていた脳は一瞬にして解き放たれ、自由になった。

――この人との恋のために、拒食症を大急ぎで治そう! ダイエットはもうしない! 普通に食べよう! 早く、早く体重も体形も元に戻さなきゃ。病気のままじゃ恋も結婚もできない!

谷口と出会ったその時、頑(かたく)なに抱き続けてきた痩せることへの願望は、あっけなく消え失せた。

その日のうちに二人でまた会う約束をした。栞が積極的にならずとも、谷口の方から熱心に誘ってくれたことで栞の心は弾んだ。

「栞ちゃん、本当にまた会いたいんだけどいいかな」

「うん、じゃあ連絡先を教えてください」

「えっと、会社だけじゃなくて、家でも仕事してるの。図面を描くのは集中してやらなきゃいけないから、家の電話は線を抜いて繋がらないようにしてあるんだ。だからよかったら電話は会社の方にしてくれる?」

差し出された名刺には会社の住所と電話番号は書いてあったが、自宅の電話番号は知らされないままだった。

そのことに栞は微かな違和感を覚えた。

「栞、やったね!  あの人なら文句のつけようがないわ、いいと思う。カッコいい人で良かったじゃない?」

と美香からお墨付きをもらったことで安心できた。

「嘘みたい、夢みたい。ずっと想像していた理想の人が突然現れるなんて。こんなことってある? あんなに素敵な人と偶然出会えるなんて現実に起こる? 美香、あの人、また会いたいって言ってくれたの」

その日知った谷口の勤務先や肩書、出身大学などの身上は恋の相手として申し分ないと思えた。

キラキラと眩しいほどの幸運が突如栞に訪れた。

 

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