男女雇用機会均等法が制定されて、募集や採用などの面で、性別を理由にした差別を禁止することが定められたと就職活動の時には散々聞いた。

だが、それはあくまでも法律上のことで、栞が就職してからの実感としては何も変わったところはない。

女性は結婚する時に会社を退職する「寿退社」が一般的で、それは栞にとっても美香にとっても幸せな結婚生活へと続く憧れの花道だった。

栞も美香も外見が良いだけの恋人はもう必要なく、二十三歳になり、そろそろ結婚を意識した恋愛をしたいと考えるようになっていた。

「よかったら一緒に飲みませんか?」

まず、はっとするほど声が良かった。

振り向くとスーツ姿の男性が二人、はにかんだ面持ちで立っていた。ナンパなど普段なら最初から相手にしないのだが、この日声をかけてきた二人は、いつもとは明らかに様子が違っていた。

特に背がスラリと高い方が栞の好みのタイプだった。質の良さそうなスーツを着て、ネクタイのセンスも良い。

今売り出し中の渋めの俳優に似て十分素敵だし、清潔感のある堅気のサラリーマンといった雰囲気には遊び人風なところは見て取れず、自然と警戒心も薄れていった。

背の高い方の男性は都内の建設会社に勤める建築士で二十八歳、谷口純司と名乗った。

「すごく痩せて見えるけど大丈夫?」谷口は微笑んで、栞に尋ねた。

「うん、ちょっと病気してたけどもう治ったから」その時、栞は確かに「もう治った」と答えた。

それは恋に落ちた瞬間で、拒食症が治っていく始まりにもなった。