【前回の記事を読む】今日だけ、今日だけ特別...魚介のフリット、骨付きのソーセージ。タガが外れたように食べ続け、また新しい皿を手にする…
アザレアに喝采を
Ⅰ 節制
「すい臓を悪くしているから、油っこいものはドクターストップなの。食べるとお腹が痛くなっちゃうから食べられないの」
周囲に言い訳ができるようになったことは新しい変化だったが、栞が自分自身に「食べていい」と許可できる食べ物はこれまでとあまり変わらないままで、生活には大して変化はなかった。
多恵子から言われることも、「食べられそうなものを何でもしっかり食べるのよ」と、これまでとは別の心配を含んだニュアンスに変わって、食べないことで責められることはもうなくなった。
母親に心配をかけていることや、ダイエットをやめられない壮絶な苦しみを誰にも打ち明けられないことで、栞の気持ちは決して晴れることはなかった。何の意味もないダイエットを自分の身体を痛めつけてまでもやり続けて、とうとう本当に病気になってしまった。
これ以上どこか他も悪くならないように、食べられるものはちゃんと食べるようにしなくちゃ。
そう考えることくらいが今の栞にせいぜいできることで、「普通に食べる」にはほど遠かった。
ダイエットを始めてからちょうど一年が経ち、アザレアの花が咲くうららかな春を迎えていた。アザレアは自然に降る雨と風とお日様の光だけで、季節が廻れば咲く、美しくとても逞(たくま)しい花だ。
アザレアの花言葉は「節制」と「恋の歓び」の二つがある。
「節制」は、アザレアが乾いた土壌や崖の上など敢えてストイックに思えるような過酷な環境を好んで生え、花を咲かせるからだといわれる。
「恋の歓び」はアザレアの花が開いた時、一気に匂い立つような華やかな魅力に溢れ、美しく咲き誇るその様子からだろうか。
一見、かけ離れて何の関係もないように思えるこの二つの花言葉は、どちらも実によくアザレアという花の特徴を捉えている。