Ⅱ 恋の歓び

「新しくオープンしたビアバーが、すっごくお洒落なんだって」

ゴールデンウィークが始まる前日、仕事が終わると美香に誘われて二人で食事に行くことになった。

照明が抑えられたビアバーの店内はスタイリッシュな内装で広々とし、流行りのコンクリート打ちっぱなしの造りだ。近くのオフィスビルで働くサラリーマンやOLで今夜はとても賑わっている。空調がひんやりと心地よく感じられて、これから始まる連休に栞も美香も否が応でも開放的な気分になっていた。

「じゃ、まずビールで乾杯しようよ」

どちらからともなくそう言って、飲み物をオーダーする。

栞は慢性すい炎の診断が出てからアルコールは禁止だったが、薬のおかげか数値は改善傾向で、今夜くらいはビールでも飲んで美香とお喋りを楽しみたいと思っていた。

栞は相変わらず低カロリーで栄養バランスが良さそうなスモークチキンのサラダをつついていたが、美香は最近知り合った老舗和菓子屋の三代目社長を気に入って、同期入社の彼とはもう終わりにしようかと、二人は恋の話に夢中だった。

美香は積極的なアプローチに根負けして、一年ほど前から同期の吉田と交際していた。社内恋愛は、お互いの身元が分かっている上に共通の話題も多く、仕事を通して気心が知れる分、結婚までの距離が縮まり易い。そして、結婚を前提とした真剣な交際という暗黙のルールがついて回る。二人の交際がオープンになっている場合は、なおさらだ。

だから美香は、吉田との交際に慎重だった。破局を迎えた時の職場での気まずさを考えて、内密にするよう栞も釘をさされていた。最初から心配する時点で、美香には吉田への好意はさほどなく、社内恋愛へのちょっとした好奇心から二人の交際はスタートしたのだろうと栞は思っていた。

今週になって転勤の辞令が降りたのを機に、吉田が結婚をほのめかしてきたと美香は憂鬱そうに打ち明けた。

「でも、転勤っていったって、地方の田舎町なのよ。支社じゃなくて、新しくできた営業所に転勤が決まったんだから」

「あぁ、そうなの。だから他の人たちとは転勤のタイミングが違うのね。新設の営業所なら規模が小さいから、社員も少ないわよね」

「そうよぉ、知り合いもいない田舎町で、次の転勤を待ちわびる新婚生活なんてイヤよ。それならいっそのこと終わりにして、私はこのまま仕事を続ける方が将来に希望が持てるわ。海外赴任だ、っていうのなら話は別なんだけどなぁ。英会話教室に、もう二年も通ったのに意味ないわ」

美香は、スポーツクラブで知り合った老舗和菓子屋の三代目社長に気持ちが傾いているからか、あっさりと事もなげに言ってビールを飲みほした。

 

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