【前回の記事を読む】車に乗せられ、降ろされたのは人が集う場所。建物へ入ると、十字架が最初に目に入った。

第一章 靴

【 三】

「……ここが?」

衝撃を受けた。私がそれまで持っていた宗教のイメージと、それは明らかに違っていたから。次々に来場する人の流れに促されるようにして、私は永ちゃんと一緒にベンチへ腰掛ける。

ざわめきも人という人の気配も、いつもの何倍にも感じられる。しかしなぜだろうか。

私はそのことをけっして不快には思わなかった。

「おはようございます」

「はい。おはようございます」

そこへ母親らしき女の人に連れられた少年がカバンを背負って入ってきた。少年は腕に紙の束を抱えている。その紙の束を、母親と一緒に周りの人たちへ配り始める。

少年は、私の所へもやってきた。

「おはようございます。どうぞ」

「あ、あり、がとう」

つかえながら返答した私に、少年は嫌な顔ひとつしない。見ると、この教会の会報である。

永ちゃんは熱心に目を通している様子で、会報の内容に関心をもっていることが伝わってくる。

ほどなく、中央の壇に白髪で細身の男性が登壇した。外国人である。柔和な面立ちで、清貧という語が似つかわしい、質素な身なりをしている。大変慎ましやかな印象がした。

宗教から久しく距離を置いていた私には、この人物がどのような役職の人なのか、想像するのも難しい。このような場に自分がいるというのが、何だか信じられない。

「……永ちゃん、これから何が始まるんだ?」

「これからミサが始まるんだ。祈りの時間さ。この時間には、何か考えていてもいいし何も考えなくてもいい」

「祈り……」

私の脳裏に、遠い日の記憶がフラッシュバックする。子どもの私が、教祖と呼ばれていた壇上の老人に手を振る。呼び掛ける声に気付き、あからさまな嫌悪が表情ににじむ。

周囲の大人たちの狂った言動。

視野が血で赤くなるほどの、暴力。

殴りつけられた私に包帯を巻く、母のまなざし。

その時だ。

「行ってきまーす」

会報を配っていた少年が、先ほどの自分の母親と思しき女性に手を振って、にこにこ笑って言う。

全身がこわばり、指先が震える。動悸がして呼吸が早くなる。殴打の瞬間の激痛が思い出されて、私は目を閉じ身を固くした。

少年の母親は「行ってらっしゃい」と返す。

心の奥から湧き起こる恐怖心が、行き場を失った水のように逆巻く。

「気をつけてね、これから車も多くなるから」

「しっかり勉強しておいで」

声を掛ける大人たちは優しい表情を浮かべ、壇上の男性もまた、穏やかに微笑んでいる。少年を疎むような顔は、誰ひとりしていない。