「次は、江戸に米を廻した太鼓持ち商人に天誅や!」

格之助は自分の隊にハッパをかけた。

「おお!」

の声が上がった。一党が行動を起こして三時間あまり経った午後には、近郷の農民と大坂町民が一党に加わり総勢三百人ほどの勢力となっていた。中には祭りさながら太鼓や笛を鳴らして練り歩く者もいた。その様は、あたかも米蔵に押し寄せるネズミたちの大群のようであったという。

  

坂本絃之助は同僚の本多為助ら砲術隊を伴い、大坂城から東町奉行所まで徒歩で移動した。中筒と呼ばれる火縄銃を肩に載せ、戦衣装に具足を履き非常食を腰から提げている。その間も砲声と鬨は聞こえていた。

(密告者の話では、最初の標的は跡部という東町奉行やったはずやが、それならなんで大塩は真っ先に奉行所に向かわへんのやろ?)

坂本は考える。急襲すれば、奉行所も応戦できまい。なのに第一の標的を後回しにして豪商から天誅を加える意図は何か?

大塩は清廉潔白を旨とする男。そもそも暗殺という計画が、やつには似合わないと思っていた。「救民」という幟も見た。相手が武士ならともかく民を殺めては矛盾する。だが、騒ぎは起こしたい。

その真意はあの砲声に表われている気がする。轟音ではあるが殺傷能力の高い砲弾ではない。あれは炮烙だ。引火しやすい火薬だ。起こしたいのは戦ではなく、威嚇にも騒ぎにもなる大火事なのではないか?

(大塩。お主らしいわ)

同僚だった頃、平八郎は坂本を自分の講義に誘った。「絃之助よ。侍たる者学問も必須やで」とか言われ仕方なしに受けてみたが、教場内はピリピリと張りつめていて咳もできない空気だった。その中で朗々と己の持論を塾生たちに説いてみせる。反論などしようものなら、あの鬼のようなぎょろ眼と噛みつきかねない大口で論破してくる。

(大坂中を教場に仕立てよう、ちうわけか?)

それならそれで、こちらもお主の土俵に乗ってやろう。坂本は、後方からカルバリン砲を載せた架車を曳く本多を振り返って言った。

「本多殿。それがしに考えがござる」

次回更新は5月3日(土)、11時の予定です。

 

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